2016年04月13日

池上本門寺の桜・その1

今回から池上本門寺の桜をお届けします。

池上本門寺は東急池上線から徒歩10分ぐらいのところにある由緒あるお寺です。
『池上本門寺は、日蓮聖人が今から約七百十数年前の弘安5年(1282)10月13日辰の刻(午前8時頃)、61歳で入滅(臨終)された霊跡です。
日蓮聖人は、弘安5年9月8日9年間棲みなれた身延山に別れを告げ、病気療養のため常陸の湯に向かわれ、その途中、武蔵国池上(現在の東京都大田区池上)の郷主・池上宗仲公の館で亡くなられました。
長栄山本門寺という名前の由来は、「法華経の道場として長く栄えるように」という祈りを込めて日蓮聖人が名付けられたものです。そして大檀越の池上宗仲公が、日蓮聖人御入滅の後、法華経の字数(69,384)に合わせて約7万坪の寺域を寄進され、お寺の礎が築かれましたので、以来「池上本門寺」と呼びならわされています。』
池上本門寺HPより)

幕末に西郷隆盛と勝海舟が江戸城開城の会見を行ったとされる松濤園もあります。

我が家からは東急線を乗り継いで30分ぐらいのところにあって、子供の頃に何度か来たことはあるのですが、撮影に来たのははじめてなんです。

東急池上線池上駅から歩いて呑川を渡ると正面に惣門、そして小高い丘の上に上る階段が見えてきます。階段の両脇には桜が見事に咲いていました。
池上本門寺

惣門(昭和20年4月15日の空襲を免れた数少ない古建築の一棟)から境内へ続く階段と桜を眺めました。
池上本門寺・惣門

惣門を入り、目の前の石段か見上げました。
この石段は此経難持坂(しきょうなんじざか)と呼ばれ、慶長年間に加藤清正が寄進したものと伝えられています。『法華経』宝塔品の偈文九十六文字にちなんで石段を九十六段とし、偈文の文頭の文字をとって坂名としたものです。元禄の頃に造影当時の姿を残して改修されたそうです。
此経難持坂

此経難持坂を登ると見事な仁王門(三門)がでんと構えています。
三門は正式には三解脱門。昭和20年4月15日の空襲で灰燼に帰し、三門は昭和52年に再建、仁王尊は昭和54年に新造されたものです。
この門の前に来た頃から少し青空も見えてこの春、ただ一度の桜と青空でした。
青空と桜と三門 三門と桜と青空

此経難持坂をのぼったすぐ右手に、桜に囲まれて日蓮上人説法像が鎮座しています。
日蓮聖人像の右手にハトが止まり、説法を聞きながらお花見しているんでしょうかね。
日蓮上人説法像 日蓮上人説法像とハト

今回はここまで。次回は山門をくぐり境内からお届けします。

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posted by ブドリ at 21:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | .花歩記 桜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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