2013年03月29日

増上寺徳川霊廟と東京タワー

3/19の夕暮れに続いて翌日の20日も増上寺に行ってきました。
この日の木定期は特別公開されている増上寺御霊屋・徳川将軍家霊廟の桜と東京タワーを撮ることです。

枝垂れ桜と東京タワーまずは前回の手水舎前の枝垂れ桜と月と東京タワーをご覧あれ。


鋳抜門と桜と東京タワーそれでは一気に安国殿裏にある徳川家霊廟へ移動!
徳川家霊廟の入り口、鋳抜門前。ここからも桜と東京タワーが楽しめます。
今回の特別拝観ではこの門は開かれず、脇の通用口から出入りでした。


徳川家霊廟
 増上寺は東京上野の東叡山寛永寺(天台宗)と共に徳川将軍家の菩提寺で、当山に埋葬されているのは、二代秀忠公・六代家宣公・七代家継公・九代家重公・十二代家慶公・十四代家茂公の六人の将軍のほか、崇源院(二代秀忠公夫人)、皇女和宮さま(十四代家茂公夫人)ら五人の正室、三代家光公側室桂昌院(五代綱吉公実母)はじめ五人の側室、及び三代家光公第三子甲府宰相綱重公ほか歴代将軍の子女多数が埋葬されています。旧徳川将軍家霊廟は御霊屋ともよばれ、増上寺大殿の南北(左右)に立ち並んでおりました。墓所・本殿・拝殿を中心とした多くの施設の数々からなり、その当時の最高の技術が駆使された厳粛かつ壮麗な霊廟は、いずれも戦前国宝に指定されていましたが、昭和二十年(1945年)三月十日に北廟六十八棟被災、五月二十五日に南廟二十八棟被災、二度にわたる空襲直撃でほとんどが焼失し、わずかに残った建物もその指定を解除されました。

焼失した御霊屋郡はしばらくのあいだ荒廃にまかされていましたが、昭和三十三年(1958年)から文化財保護委員会が中心となり、詳細なる学術調査が行なわれ、のち土葬であった御遺体は桐ヶ谷にて荼毘に付され、南北に配していた墓所は一か所にまとめられ現在地に改葬されました。調査によれば細部では各将軍若干の違いあるも、埋葬の構造的には、まず地中かなり深い部分に頑丈な石室を設け御遺体を安置し、二枚の巨石をふたにして、その上に基檀と宝塔は安置されていたといわれます。(増上寺HPより)

霊廟内に入り、鋳抜門を背にして眺めると左右に立ち並ぶ霊廟と咲き誇るサクラの向こうに東京タワーが佇んでいます。
PENTAX Q+03-Fisheyeで撮影するとこのような具合です。カーソルを乗せてご覧ください。


徳川霊廟の桜と東京タワーα55で撮影した桜と東京タワーです。
本当は青空と桜と東京タワーを撮りたいのですが、ここに来る時はいつも曇るんですよね。

徳川霊廟の桜と東京タワー2


皇女和宮様の宝塔一番撮影する人が多いのがこの宝塔。
静寛院和宮様、皇女和宮様の宝塔です。


二代将軍徳川秀忠公夫妻の宝塔と桜、六代将軍徳川家宣公夫妻の宝塔と桜です。
二代将軍徳川秀忠公夫妻の宝塔と桜 六代将軍徳川家宣公夫妻の宝塔と桜

この徳川霊廟の特別拝観は以下のようになっています。
【期間】平成25年 3月 9日〜12月 1日までの土・日・祝日
【開扉時間】10:00〜16:00
【拝観冥加料】500円(霊廟絵葉書を記念品として進呈)

この他に無料公開日が次の日程で予定されています。
1/15・4/2〜4/8・5/10・5/15・9/15・10/2・10/12・10/13

詳細は増上寺のホームページでご確認ください。

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posted by ブドリ at 21:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 東京タワー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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