林試の森じゃぁ台風の風で枝が落ちてたりはするだろうな、と軽く考えて向かったのですが・・・
いつも林試の森にはいる水車門につくとビックリ!入口横の団地の大きな柳の木が横倒しになって通路を8割がた塞いでいました。
え〜!台風の風ってこんなに凄かったの!と驚きました。
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でも、こんなのまだまだ序の口だなんて思いもしませんでした。
階段を塞ぐ枝、通路に落ちた枝などが多く、気をつけながら歩いてはいました。
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が、この先でもっとすごいことになっているとは・・・
ニセアカシアの木がポッキリ折れ、その奥の木も倒れ、すぐ横でも倒れかかり、これは・・・
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次々と現れる倒れた木、折れた木。こんな光景ははじめて見ました。
そして根元から倒された木まで!カーソルを乗せ、クリックしてご覧ください。
掘り起こされた直径は私の身長(165cm)ぐらいあるんですよ。
林試の森に1本だけある直径1m以上はあるだろうユーカリの木も根こそぎやられて無残な姿に・・・
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ヒマラヤシーダーの枝も・・・
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別のヒマラヤシーダーの木は根こそぎ・・・
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プラタナスの木も・・・
折れた幹の部分を見上げると、偶然にも月が静かに見守っていました。
月は世界中で起きる様々なことを何億年もの間見守り続けてきたのですよね。
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姉の生前最後に花見をした桜の木の枝も折れていました。木は残っていて一安心。
松の木の太い枝もポッキリと折れ、無残な姿になっていました。
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林試の森の園内いたるところで木が倒れたり枝が折れたりしていました。
東京に生まれて40年、はじめての体験です。
これぐらいのことで驚いては、この台風でもっとひどい被害を受けた地域や、大震災の被害に比べたら、自宅が無事であるのになに言ってんのとか、申し訳ないのかもしれません。
でも、どんなに小さな被害でも目を向け、受け止めなければいけないと思うのです。
自然の猛威を感じ、自然への畏敬の念と同時に畏怖の念を忘れてはならないと思うのです。
これまで東京は台風が直撃すると言われても掠めていくだけということが続き、つい先日の大震災でも大きな被害から免れました。
しかし、その油断を突いたような台風でした。
油断は禁物!気を引き締めないと、本当に危険だと思いました。
でも、こんなことも感じました。
悠久の歴史の中ではこのように台風で木が倒れたり、折れたりするのは当然の事のように繰り返されて来たんですよね。
大きな木が倒れたり、枝が折れたりすると、日が当たらなかったところに日が当たるようになり、新しい命が育まれる。折れた木や枝はいろいろな生き物の住み家となり、食料となり、命を育みながら分解されやがて土へと帰る。そして、再び小さな木から大木となる。
けっして無駄なことはなく、自然の営みが自然に繰り返されるなかのほんの僅かなこと。
人間のスケールでは受け止められない長い長い時の流れの中の一コマに過ぎないのでしょうね。
そして9/21は宮沢賢治の命日。
その命日に列島を駆け抜けた台風は
「どっどど どどうど どどうど どどう」
と駆け抜けていった又三郎だったのかもしれません。
自然の中で、自然と向き合い、自然を大事にしながら自然と遊ぶ子供たちを描いた「風の又三郎」
子供たちの中に何かを残していった又三郎。その又三郎のように、台風15号は我々の中に何かを残していったのだろうか。
台風の爪あとを前にウォーキングそっちのけで撮影しながら考えていました。
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