2019年05月23日

南永井さつまいも始作地之碑

冬に走り回って撮影していたストックからお届けします。

今回は「南永井さつまいも始作地之碑」です。

さつまいも(甘藷)は江戸時代初めに日本に伝来し九州に広まったと伝えられています。
痩せた土地でもよく育ち旱魃にも強い救荒作物として、八代将軍吉宗は青木昆陽に指示して栽培を奨励。
享保年代から江戸近辺でも栽培されるようになりました。

南永井村は、江戸時代に開拓されましたが、地力が低いうえ灌漑用水が乏しかったため夏の旱魃には特に弱い土地でした。
寛延四年(1751年)に南永井村の吉田弥右衛門(よしだやえもん)が、息子の弥左衛門(やざえもん)を上総国志井津村(現千葉県市原市)に種いもを買い付けに行かせ、200個のさつまいもを栽培したのがこの地でのさつまいも栽培の始まり。
最初は飢饉に備えて作られましたが、すぐ農家の自家用の食料として積極的に作られるようになりました。
のちには江戸にたくさん現れた焼き芋屋用のいもとして作られるようになり、貴重な現金収入源になりました。
近くの川越から舟運によって江戸に出荷されました。
このため集散地である川越の名を取って「川越いも」の名で知られるようになりました。

路地を入った畑地と倉庫などがある中の吉田家の入口に、石碑などが並んで建っています。
さつまいも試作地の碑

埼玉県史跡[南永井さつまいも始作地之碑(昭和27年)(右)と、 文化財保存の辞(昭和30年)(左)です。
さつまいも試作地の碑 石碑

これがさつまいも始作地の碑です。
さつまいも始作地の碑

案内板です。
さつまいも始作地の碑 案内板


中富にある神明社には、青木昆陽と吉田弥右衛門を『甘藷乃神(いものかみ)』としておまつりしたいも神社があります。




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posted by ブドリ at 00:00 | Comment(0) | .所沢 寺社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする