2019年04月19日

三富・富岡総鎮守 神明社

今回は、埼玉県所沢市中富にある神社「神明社」をお届けしますが、所沢駅近くにある所澤神明社とは異なります。
明治の神仏分離令に寄って分けられた多聞院が隣りにあります。

神明社(埼玉県所沢市中富1507)


元禄9年(1696年)に柳沢吉保(当時川越藩主)が三富新田として上富・中富・下富村を開村した際、一寺一社の制に基づき開拓農家の檀家寺として上富に多福寺を、また中富に祈願所・鎮守の宮として毘沙門社(・多聞院)を創建した。 後に近隣地域より神明社を含む後述の「合祀七神社」を正式に勧請し、1869年(明治2年)[西暦年要検証]の神仏分離令によって西側の境内は当神社として、また東側は寺院(多聞院)としてそれぞれ独立し、今日に至っている。

また1928年(昭和3年)3月に埼玉県史蹟保存として三富開拓遺跡に指定されている。 (Wikipediaより)

御祭神は
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
誉田別尊(応神天皇)(ほんだわけのみこと)
大山祇命(おおやまつみのみこと)
木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
進雄命(すさのおのみこと)

「富(とめ)の神明様」と呼ばれています。
富の神明様の鳥居

鳥居の脇には大きな桜の木が咲いていました。
鳥居と桜

手水舎と神楽殿です。ここにも桜が咲いていました。
神楽殿と手水舎

拝殿です。
富の神明様拝殿

境内には天神社も祀られています。
富の神明様天神社

本殿の隣にいも神社が祀られています。
いも神社は、甘藷乃神(いものかみ)として吉田弥右衛門と青木昆陽を祀っています。
吉田弥右衛門が青木昆陽から遅れること16年のの寛延4年(1751)にこの地でさつまいもの試作を行い、はじめは飢饉対策として、後に江戸にたくさん現れた焼き芋屋用の芋として商業用に作られるようになり、「川越いも」の本場はここなんです。
平成18年11月23日、作り初め255周年を記念して、弥右衛門さんの功績を称えるとともに、関東のサツマイモ作りの元祖である甘藷先生と合わせて『甘藷乃神(いものかみ)』としておまつりするようになったそうです。
いも神社

『甘藷乃神(いものかみ)』です。
いもの神

公共交通機関で行くのはかなり大変なところで、一番近いバス停からも15分程度歩くようなので地図で確認して足をお運びください。



参加しています。もしよかったらポチッとお願いします
にほんブログ村 写真ブログ 心象風景写真へ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 所沢情報へ
posted by ブドリ at 21:00 | Comment(0) | .所沢 寺社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする